愚痴は言ってはいけない。
なぜなら誰も幸せにならないし、何も解決しないからです。
でも、納得いかないことを我慢させられることに関しては、つい不満として表に出てしまうことがあります。
愚痴にあたるかどうかは各々の捉え方なので、愚痴と思われたらそれは仕方ない。
小さい頃「なぞなぞ」で、「パンはパンでも食べられないパンは?」というものがあったのだが、
私は「ピーター・パン」と答えた。
そしたら、「ブッブー!答えはフライパンでしたー。ざんねーん。」と。
納得いかない私はハズレの理由を聞くと、「なぞなぞってそういうものだから」という回答が。ハズレはハズレ。テストなら0点ってことです。
当時の先生に、そもそもフライパンはパンというカテゴリーに分類されてないし、最悪アラレちゃんに出てくるガッチャンは食べれるし、ピー・ターパンならまだしも、ピーター・パンだからパンと名付けられている以上、最も答えに近いのは絶対ピーター・パンですよね?と訴えると、先生は、
「うーん。まあ、猛獣は食べるかもしれないし、人によってはピーター・パン、食べれるかもね」
そうか、人って食べれるんだ。
私の脳天を稲妻が貫いた瞬間でした。
疑問がクリアに解決されることはこんなに気持ちのいい事だったのかと。
中学時代は男子生徒全員、校則により坊主頭でした。
私の人生の暗黒期がまさに中学校。
坊主、意味わからん。なんで坊主?納得いかん。
そんな気持ちの同級生も多かったと思うが、「しょうがないじゃん。規則だから。」と切り替えるほか術はなく、我慢の3年間だったわけだが、やはり納得がいかない。
私は先生に中学生が坊主になることの合理性や学力向上における科学的根拠、坊主であることとそうでない生徒の偏差値の比較など、坊主がもたらす効果のエビデンスをとってほしい、そう訴えました。
先生は「吉田、おめー何言ってんだ。校則は校則だ。青森県の中学校は今までもそうだったし、これからもそうだ!」
私は先生という職業の在り方を心底疑った。先生は何でも知っててなんでも答えてくれると思ってたし、私の脳天にまた稲妻を落としてくれるとばかりおもっていたのに。
坊主の歴史はここでチェック!何なんだこの国は。
ちなみに私はきっと、小・中・高、先生からはものすごい嫌われていたと思います。
卑屈なガキだったでしょう。
だが私が中学卒業した翌年、坊主は廃止になりました。絶対私のおかげだと思ってる。
今、生徒たちはツーブロック禁止と戦っているのだろう。
是非ツーブロックをしても大丈夫なエビデンス取得を目指してほしい・
ずっとストレートだった私の髪は、伸ばし始めたらクルクルになりました。
名誉のクセ毛だと、私は思っている。
皆さん、愚痴は良くないが、表現と言論の自由は抑制すべきではないですよ。
愚痴は解決を導けません。自分がみじめになるだけです。
声を上げることは、一歩前に進むことができることの一つです。
以上、グッチ吉田でした。
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